◆ another place ◆ |
「ほのかに。」 の クロ氏 からの頂きもの ※ Sanctuary (聖域) 三次創作 |
魔を払うかの如く、澄んだ朝の空気が広がり始める神の森。 清水の様に冷たく清涼な空気が満ちるその一角で、熱は熾っていた。 「あっ…ん、ん…」 男の腕の中で小柄な少年が震え、くたりと力を無くしたように沈み込む。 脱力した身体を抱きしめて、男はそっと額に口付けた。 聖地ジ・タで出会った不思議な少年。出会って二日経った今も、彼の事は何も知らない。 冒険者である事。高位の獣使いである事。それが少年について分かる事の全てだった。 「君は、町へは行かないのか?」 「…町へ?」 衣服を整え、簡単な携帯食で朝食を取りながらふと尋ねてみる。 黒髪の少年は不思議そうに首をかしげた。 「いつからここに?ずっとこの森に住んでるのか?」 真面目に問うエルヴァーンの男を見ていた少年が、不意に笑い出す。 声を立てて笑うその顔は驚くほどあどけなかった。 「あっ、はは、そんなワケ、ないよ。言っただろ、これでも冒険者なんだよ?」 食べかけの食料を男の方へ押しやって、少年はふらりと立ち上がる。 ゆっくりと出口に向かう足取りに合わせて、アウトポストの粗末な板張りの床が軋んだ。 「あんたは、俺を町へ連れて行きたいの?」 「それも悪くない」 「…そう」 それだけ呟くと少年は扉を押し開けて森へと出て行く。 やがて建物に残っていた男の長い耳に、ドプン、と聞き覚えのある水音が聞こえた。 男はすぐに立ち上がり、外に出る。 建物のすぐ近くにある泉に近寄ると、揺らめく人影を青い水の中に見つけた。 「…っ、は、ぁ…」 「…また失くそうとしたのか」 水中から引き上げられた少年が苦しげに息を乱す。 獣使いの装束が濡れて肌に張り付き、細い身体を際立たせる。 その様子は初めて出会った時を男に思い出させた。 自分の身体すら、失くしてしまおうと妖しく笑んだ少年。また繰り返すつもりだろうか? しかし少年は呼吸を落ち着かせると、闇色の瞳で男を見上げた。 「そうじゃない…。まだ、足りないんだ」 「足りない?」 不思議な呟きを残して少年は立ち上がる。 何かを探すように辺りを見回すと、近くに居たクァールにゆっくりと両手を伸ばした。 金と黒の被毛を持つ獣が魅入られたように動きを止める。 決して人に懐かぬ筈の獣は、王に傅くしもべのように少年の足元に身を伏せた。 「見事な物だな」 魔物を容易く操るその手練に男は感嘆の声を漏らす。 その声に毛皮の感触を楽しむように撫でていた少年の手が、ピタリと止まった。 闇色の瞳がどこか哀しげに細められる。 「本当にそう思う?」 「うん?」 「俺達、獣使いがどうやって戦ってるか、あんた知ってる?」 「どう、とは…?」 名残惜しそうにクァールの頭を一撫でして、少年は獣の魅了を解いた。 精神の束縛から解放された獣は、たった今まで人に擦り寄っていた事すら忘れ森へと帰って行く。 その姿を見つめながら少年は淡々と言葉を紡ぐ。 「今みたいに獣を操り戦わせるのが、俺達の戦い方」 「そうだろうな」 当たり前の内容に男は肩を竦めた。獣使いでなくともそれくらいは常識だ。 男の声を聞きながら少年は「つまり…」と言葉を続ける。 不意に振り返って、憂いを含んだ瞳で男を見つめた。 「つまり、俺達は獣達に同族殺しをさせて生きてる」 儚げなその身体は、深い哀しみに包まれて揺れているようだった。 「獣使いとして強くなればなるほど…この身体に罪が澱んでいく気がする」 怯えるように自分の身体を抱きしめて、少年は震える声で呟いた。 「たまに怖くなるんだ。押し潰されそうで。だから…水に沈んだ。この森の泉なら、罪を 溶かしてくれそうで。拭い切れない罪なら、俺ごと溶けたって構わなかった」 そう言って俯く少年を男は黙って抱き寄せた。 擦り寄ってくる細い身体を見下ろすと、視線がぶつかる。 闇色の炎が揺らめいているような妖しい瞳に、心が吸い込まれるようだった。 「でも、あんたが俺を拾った。あんたが俺を生かした」 「ああ」 「あんたが望むなら…町へ行ってもいい。でも、まだ身体から罪の匂いがする」 「……」 「まだ、ここから出られない…」 男の広い胸に顔を埋めるように抱きつく少年の髪を、一度優しく撫でてから男は身を屈めた。 俯く少年の顎を手に取り、上向いた唇に深く口付ける。 言葉も、吐息すらも封じ込めるような深い口付け。息苦しさに少年の目に涙が滲んだ。 「…っは、…ぁ」 「では、その罪は俺の物に」 「……え?」 深い口付けにくず折れてしまいそうな身体を抱きとめて、男は囁いた。 少年の濡れた瞳が驚きで揺れる。 「神域のこの森で君を抱いた。これは神の膝元を穢す行為だと思わないか?」 「それは、俺が…」 「すでに罪を犯したこの身であれば、今更一つくらい増えてもどうという事はない」 少年の言葉を遮って男は続ける。 もう一度、唇を啄ばむ様に吸って男は不敵に笑った。 「君の罪は俺が貰おう。これで君は赦された」 信じられない物を見るように見開いていた少年の瞳が揺れて、ゆっくりと目蓋が下ろされる。 何かをふっきる様に細く長い息を吐き出すと、長い睫毛を震わせて少年はそっと目を開く。 男の首にしなやかな両手を伸ばして、柔らかく囁いた。 「あんた、変わった人だね」 「そうか?」 「うん。でも、悪くない」 男の身体を引き寄せながら、爪先立って少年は男に顔を寄せる。 そして契約の証のようにそっと口付けた。 「主の望む場所へ。…あんたと一緒に行くよ」 唇を離して、少年は艶やかに微笑んだ。 ここは聖なる森。神の眠る神域。 聖邪が微睡むこの場所で、人の子の罪は溶かされていく。 |
「ほのかに。」のクロ氏からサプライズな誕生日プレゼントとして、Sanctuary (聖域) の三次創作小説を頂きました。 まさかこんなすばらしい続編を書いてもらえるとは思っていなかったので、めっちゃくちゃ嬉しいよ!超愛してる。 ジタ的にはこういうちょっと重めの幻想的?な雰囲気の文章はあまり得意ではないので、自分で続きを書かずに「お話のその後」を読めるなんてホント幸せだわぁ〜。クロまじありがとうー! |