◆ In amber ◆ No.2


ガキの頃からスリに手を染め、海賊船に乗ったり、山賊まがいのこともしてきた。
そうやって裏街道を渡り歩いていくうちに、俺は天晶堂へと辿り着いた。
一時期はジュノ本店で勤務するまでになっていたんだが、ちょっとしたヘマをきっかけにナシュモへと追いやられ、今はここで現地雇用のキキルンを管理している。
管理職・・・といったら聞こえはいいが、要は出世街道から外れた左遷組み。
俺にはまだまだ野望があるし、こんなところで腐っていくのは真っ平ごめんだった。
しかし天晶堂は一度足を踏み入れたら簡単に足を洗うことは許されない。
どうにか手柄を立てて返り咲くしか方法は無いわけなんだが、こんなところでいったい何が出来るんだろう――。



「あ、あの、すみません〜〜」

ぼんやりと傷心に浸っていたところへ、間延びした声が聞こえて我に返る。
声の主を探して視線を落とすと、タルタルの少女が古びた小箱を持って見上げていた。

「ん、どうした」
「ここに鑑定所ってありませんか〜?」
「専門の鑑定士なら、皇都へ行かないと居ないぜ」
「あ〜、どうしよう、この箱を開けて欲しいんですけど〜・・・」

どうやら手にした箱は不確定アイテムらしい。
ここらの地域で時々入手できる不確定アイテムは、その手の技術や知識を持つ者でないと鑑定が難しい。
しかし箱タイプの物ならば、開錠さえできれば中身の判別がつくことも多かった。

「開けるだけでいいなら俺がやってやろうか?」
「え、いいんですか〜?」
「ちょっと待ってな」

鑑定を急いでいるらしい少女から箱を預かり、カラクールの荷車に積んである道具箱の中からリビングキーを取り出した。
それを錆びた鍵穴へ突っ込んでガチャガチャとしばらく回していると、ガチリと硬い音を立てて簡単に鍵は外れた。
箱の中には石つぶてサイズの飴色の物体が1つ入っていて、それを取り出して見ると大粒の琥珀のようだった。
ただのアンバーなら二束三文で取引されるような品だったが、この琥珀の中には完璧な姿の蜘蛛が閉じ込められており、一部のマニアの間では高値がつきそうな上物だ。

「お・・・?当たりジャン」

独り言を呟いて少女の方を振り返った時、ふと自分の借金のことを思い出した。
(これを売っぱらえば余裕でお釣りが来る・・・)
タルタルの少女は競売所の品物を確認しながら、まだこちらに背を向けて立っている。
俺は素早く琥珀をズボンのポケットに仕舞いこむと、代わりに石つぶてを箱の中に詰めて蓋を閉じた。
それから何事も無かった顔で少女の元へと歩み寄り、中身を摩り替えた箱をタルタルの小さな手に渡してやった。

「あ、やっぱりハズレですか〜」
「まぁこんなもんだよ」
「ですよね〜、ありがとうございました〜」

ペコリと頭を下げて去っていくタルタルを見送りながら、ポケットのあたりを握り締める。
少女の姿が見えなくなったところで踵を返すと、視界いっぱいに立ち塞がる何かに思い切り鼻を打ちつけた。

「・・・ってぇ」
「よう、久しぶり」
「んぁ・・・?あぁ、あんたか」
「景気はどうだい、ベリル」
「ちっとも良かねーよ」

痛む鼻を擦りながら睨み付けても、相手の男はニヤニヤと笑って悪びれた様子も無い。
こいつの名はフォルセール。ジュノ本店に籍を置き、世界中の珍品を探しては仕入れを担当している責任者だ。
俺がジュノで勤務していた頃は色々と世話にもなったりしたが、飄々とした態度で掴みどころの無い男だった。

「相変わらずここは寂しい町だなぁ」
「その話は聞き飽きた」
「なんだ、田舎勤務がご不満か?」

馬鹿にしたような口ぶりにカチンと来たが、ここで噛み付くほど俺もガキじゃない。
軽くため息をついてから肩をすくめ、別の方向へと話題を変える。

「あんたがこっち来るなんて珍しいな、何かお宝の情報でも入ったのか?」
「あぁ、お宝はさっき見つけた」

フォルセールは何か意味深な表情を向けてきたが、こいつの胡散臭さはいつもの事なので大して気に止めるほどでもない。

「へぇー、そいつはお疲れさん」
「んでまぁ、ちょっと一休みもしたいし、茶でも出せよ」
「へいへい、今準備しますよ」

こんなヤツでも一応俺より立場が上だったりするので、面倒くさいと思いながらも仕方なく自室へと案内した。





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