◆ 赤の軌跡 ◆ Vol.3-5


今日の反省点や注意事項が話し合われた後、アライアンスは現地解散となった。
メンバーが各々の移動手段で帰途につく中、希望品の取得リストをチェックするグレゴールと私の二人だけがそこに残った。

「おつかれさん、急に呼び出して悪かったな」
「元々私も張り込みの予定だったし、問題ない」
「しかしお前が連れてきたあの赤魔道士、入隊希望者なのか?」
「いや、彼はたまたま一緒に居たから手伝いを頼んだだけだ」
「そうか。じゃあまぁ・・・別にいいんだが」
「でももし彼にその気があるのなら、紹介したいとは思っている」
「ん・・・そうか、そうだなぁ・・・」

何となく奥歯に物の挟まった言い方が気になり、グレゴールに疑問の表情を向ける。
するとグレゴールは少し躊躇するように視線を宙へ泳がせたあと、頭をポリポリと掻きながら口を開いた。

「お前の知り合いなんだろうし、無償で手伝ってもらっておいて何だが・・・」
「どうかしたか?」
「いや、何て言うか・・・ちょっと変わった奴だなと思ってさ」
「まぁ彼は言葉が不自由だから、少し対応しにくいかもしれんが」
「あ?なに、あれってしゃべれなかったのか?」
「そう言っただろう」
「いや、応援の赤を連れて来たと言うから迷わずPTに誘ったが・・・慌しかったからあまりよく聞いてなかったかもしれん」
「レイは口が利けないんだよ、だから私とも筆談で会話している」

するとグレゴールは「そうか、なるほどなるほど」と独り言のように呟きながら腕を組み、妙に納得していた。

「いやさぁ、PTに入っても挨拶がない、指示をしても返事がない。これはちょっとまずい奴だなと思ってさー」
「・・・あぁ」
「きっと周りのメンバーも同じように感じただろうし、もし入隊希望しているなら第一印象から良くないなとね。まぁそれだけ」

何となく罰が悪そうに早口で締めくくり、グレゴールは整理を終えた鞄の口を閉めて背負い上げた。
それから二人肩を並べてクフィム島へと続く細道を歩きながら、話題は再びレイの話に戻る。

「しかしあれだな、こういうのは難しいよな」
「うん?」
「彼の事情を俺が聞き逃してたのは申し訳ないが、あの場でメンバー全員に説明するつもりでもなかったろ?」
「そりゃあ戦闘中で忙しいのに、そんな詳しく紹介をしている暇もないだろう」
「まぁそれもそうだが、本人を目の前にして『彼はしゃべれない人ですよー』なんて大勢に説明するのもな」
「あぁ、そうだな」
「あれじゃいらぬ誤解も受けたりするだろうし、大変なんだろうなぁ」

グレゴールは、レイのようなハンデを持つ人間を集団に混ぜることの難しさを語っていた。
レイ自身もそれを十分わかっているからこそ、ソロ活動をメインにしているのだろう。
なのに私はそれについてあまり深刻には考えては居なかった。おそらくレイは居心地が悪かったに違いない。
それでも嫌な顔ひとつせずに付いて来てくれた彼を思うと、有難いやら申し訳ないやらと複雑な気分になった。



「じゃあ俺クリーナー買ってから帰るから」
「あ、あぁそうだ、明日のリンバスなんだが・・・」

港のガイドストーンの前で手を振るグレゴールを私はすぐに呼び止めた。

「人数に問題なければ、欠席しても構わないだろうか?」
「ん、やっぱり具合悪いのか?」
「いや、そうでもないんだが・・・ちょっと気になる事があって」
「ふむ・・・なんかお前、今日は様子が変だよな」
「そうかな」
「まぁいいよ、たぶん人数は大丈夫だろうし。ただあんまり休み癖つけんなよ」
「あぁ、すまない」

軽い感じで釘を刺され、再び手を振るグレゴールに苦笑いしながら手を振り返す。
明日はサンドリアへ行って、今度こそきちんとレイに謝罪とお礼をしなくては――。
LSでの活動も当然大事だが、今の私にとってはレイのことが最優先事項になっていた。
なぜこんなにも彼のことが気になるのか・・・単なる罪悪感とは何か違う。

ふと鞄のポケットに差し込んだままの手帳が目に止まり、取り出してパラパラと開くと先ほどのレイとのやり取りが綴られている。 やり取りとは言ってもレイからの一方的な発言だけが記されているのだが、こうして読み返せる記録が残っているのが妙に嬉しい。
手帳を眺めながら少しずつ緩み始めた頬に気がつき、慌てて表情を引き締めなおす。
まるでこれでは、初恋に戸惑い・胸躍らせる乙女のようではないか。
恥ずかしさにシャポーを深く被りなおして居住区へと向かう階段を登りきると、壁際に広げられているバザーの商品の中にキラリと光るものが目に付いた。
何となく気になりそれを手にとって見てみると、よく磨かれた小さな銀の鈴だった。

「兄さん、それ気に入ったんなら持ってっていいよ」

店番をしているミスラの女性が、胡坐をかいた姿勢のまま気さくに話しかけてくる。

「それさ、細工の練習用に遊びで作っただけなんだよ」
「ほぅ」
「ついでだから並べて置いたんだけど、気に入ったならタダであげるよ」
「いや、それも悪いだろう」
「いいっていいって。別に金を取るようなもんじゃないしさ、持ってきなって」
「そうか・・・じゃあせっかくなので頂くとしよう」
「ほいほい。その代わり、何か入用なときは御ひいきに」

ニカッと笑ったミスラにつられて、こちらも笑顔で頷き返す。
改めて他のバザーの商品に目をやると、初心者向けの髪飾りや指輪といった貴金属品が綺麗に陳列されていた。
商売上手な見習い彫金士に礼を言って立ち上がり、私はレンタルハウスへ向けて歩き始めた。

赤い撚紐が括り付けられた小さな鈴を摘み上げ、軽く揺らすとリンと涼しげな音を響かせる。
控えめで透明なその音色は、まるでレイのようだな・・・などと、別れ際に見せた彼の笑顔を思い返しながら鈴を手のひらに包み込む。

もし明日レイに会うことが出来たら、この鈴をプレゼントしよう。
彼が失った言葉の代わりに、この鈴の音が何かを語ってくれればいいのに――と、再び乙女のような想い抱く自分に苦笑いした。



to be continued

*あとがき*
「赤の軌跡」の世界観は、実際のゲーム的なヴァナとは少し違った設定にしてあります。
システムとしての、フレンド登録・サーチ・メッセージなどの便利機能は無いものとして描いていますので、相手の居場所をサーチで探すことも出来ないし、メッセージ送信もできないので筆談のみになる、みたいな感じです。
Say以外の会話手段は、LS・パーティ・tell とそれぞれありますが、これは冒険者向けに配布されているコンパクトなインカムのようなものを耳のあたり?(適当)に装着して、目的のチャンネルに会わせて言葉を発するみたいなイメージです。

それにしても最初は紳士っぽかったエドが、いつのまにかヘタレ乙女に・・・なぜだ、なぜなんだ(汗
2009/09/25


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