◆ 赤の軌跡 ◆ Vol.3-4


「ランナーの邪魔をするな!道をあけろ!」

「ヒーリング完了、交代します」

「遠隔部隊グズグズするな!」

「負傷者と魔力の尽きた者は後方へ」

「メテオきます、全員退避!」


怒声交じりの指示が飛び交うなか、巨大なキングベヒーモスが地響きを立てて地に伏した。
既に私たちが戦闘に参加した時には終盤戦に差し掛かっており、やるべき仕事といえば負傷者への回復が主だったので、レイにとってもそれほど難しい要求はされなかった。
むしろこの状況なら彼を連れて来なくてもよかったのではないかという気がしなくもないのだが、これは素早く人員を集められたグレゴールの手腕あってのことだろう。
何より私自身が、あのままレイと分かれるのが忍びなくてここへ誘ったのだから、自分の我侭を他の理由に置き換えて考えるべきではない。

グレゴールが戦利品の配分についての指示を出し、権利保有者が順々に品物を受け取っていく。
その様子を少し離れたところからポツンと眺めているレイに歩み寄り、私は軽く一礼してから声をかけた。

「急に手伝いに借り出してしまって申し訳ない。お詫びをするどころか、逆にまた迷惑をかけてしまった」

レイは謝罪の言葉を口にする私を見上げ、ゆっくりと首を横に振った。

「よければ改めて食事を奢らせてもらいたいんだが・・・」

再び彼を誘おうとしたところで、後ろからグレゴールに呼びかけられる。

「エド、反省会だ。ちょっとこっち集まってくれ」
「あ、あぁ」

双方を気にしてキョロキョロ首を向ける私に、レイは先ほど貸したままだった手帳に何か書き込みこちらへ開いて見せた。

《俺の事はお気になさらず、これで失礼します》
「いや、そういうわけにも・・・」
《食事、ありがとうございました。この手帳もお返しします》

開いた手帳の上にペンを沿えて差し出すレイの手を押し返し、私は次に繋げる言葉を慌てて探した。

「いや、ちょっと待って・・・・・あぁ、でも、これ以上待たせるのも申し訳ないか・・・」
「エード!」
「あぁ、すぐいく!」

困窮した私の様子に、レイは少し小首をかしげてから再び手帳にペンを走らせる。

《俺まだ何かお手伝いした方がいいことがありますか?》
「いや、そうじゃなくて・・・また改めてお礼をさせてもらいたいんだが」
《別にそんな気になさらないで下さい》
「そういうじゃないんだ、私はその・・・きちんとキミと話をしたいんだ」
「おい、エド!早くしろって」
「わかってる!」
《あの、早く戻られた方が》
「この後でも、明日でもいい、もし暇があるなら時間をつくってもらえないだろうか?」
「エードー!」

後ろから頻繁に急かされる空気に気を使ったのか、レイはグレゴールの方にチラリと視線を向けてから手帳に文字を書き始める。

《この後はサンドリアへ発つつもりでいました》
「何か約束があるのかい?」
《いえ、しばらくあちらに拠点を置いて、革細工の勉強をしようかと》
「という事は、ギルドに通うのかい?」
《その予定です》
「じゃあ、それなら・・・」
「エドモーンド!」
「分かった、じゃあまた会いに行くから。今日は本当にすまなかった」

早口でそう告げて、レイに差し出された革張りの手帳を会釈して受け取る。
すると彼もまた、私とその後方に固まる集団に向けて深々と一礼した。

「気をつけて」

笑顔で頷いてから背を向けて歩き始めたレイを少しだけ見送り、すぐに踵を返して仲間の元へと駆け寄りながらも、背後で遠ざかっているだろう彼の姿が気になって気になって仕方がなかった。


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