◆ 赤の軌跡 ◆ Vol.3-3 |
壁際のテーブルに席を取り、好きなものを選ぶようレイの方へメニューを広げて置くと、しばらく彼の指がフラフラと迷った後に手頃なセットメニューを指し示す。それに適当なサイドメニューを追加して、私も同じものをオーダーした。 夕食には少し早い時間ではあったが店内には程よく客が入っており、食事を取りながら歓談する声がそこかしこから聞こえてくる。 「良かったらこれを使って」 私は自分の鞄から革張りの手帳を取り出し白紙のページにペンを挟んで、レイの前にスッと置いた。 するとレイは手帳を開いてペンを手に取り、チラリとこちらに視線を向けてきたので、私は薄く笑って頷いて見せる。 「今日はキミに会えてよかったよ。どうやって探したらいいものかと悩んでいたんだ」 《俺を探していたんですか?》 「あぁ」 《何故です?》 「何故って・・・それは、キミに謝りたかったし」 《別に、気になさらないで下さい》 「そういうわけにもいかないだろう」 《助けて頂いたのはこちらの方ですし》 「いや、しかし・・・」 レイの反応は予想以上に淡白で、この先どうやって会話を続けたらいいものかと言葉に詰まる。 まさか本当に何とも思っていないわけではないだろうが、もしそうだとしたら、それはそれで複雑な気分になった。 「そうだ、ジュワの使い心地はどうだい?」 《まだ実戦では振るってはいませんが、俺にはもったいないくらいの素晴らしい剣だと思います》 「そんなことないさ、主にソロで活動するキミには頼もしい相棒になってくれるだろう」 《そうですね。手伝っていただいたことには本当に感謝しています》 「いや、それは別にいいんだが・・・」 気を取り直して別の話題を振ってみたものの、一向に彼との距離が縮まる気配がない。 むしろ完全に閉ざされた壁のようなものを感じて、この状況をどう和ませたらいいのかと再び会話に詰まってしまう。 やはりレイに嫌われてしまったんだろうか。こうして私が彼に構うこと自体が迷惑なんだろうか。 自分がレイにしたことを考えれば避けられても当然なのだが、しかしどうしても諦めることができなかった。 「その・・・」 また何か別の話題をと口を開きかけたとき、突然グレゴールからtellが入った。 『悪い、エド。今すぐ縄張りまで来てくれ』 「え・・・っと、すまない。ちょっと個人通信が入った」 レイに一言断りを入れ、グレゴールに当ててtellを返す。 『どうした、人数が足らなくなったのか?』 『ノーマルならよかったんだけどな、キングが沸いた』 『KBが?』 『どこかで計算が狂ってたらしい。とにかく今居る人数じゃ厳しい。休んでいいと言っといて何だが今すぐこっちに来てくれ』 『他に応援は?』 『それが別の予定が入っちまってる奴や連絡がつかない奴ばっかりで、まだお前しか捕まえられてない』 『・・・そうか』 『とにかくこっちが崩れる前に急いで来てくれ』 少し切羽詰ったような口調で捲くし立てられ、そのままグレゴールからの通信は切れた。 せっかくレイと再会できたというのに、ここで急な呼び出しとはタイミングが悪い。しかも私の方から誘っておいて、先に席を立つのも失礼だろう。 これはいったいどうしたらいいものかと険しい表情で固まっていると、レイの手が少しだけこちらへ伸ばされトントンとテーブルを叩いた。 《どうかしましたか?》 「それが・・・急に呼び出しが入ってしまって・・・」 《そうですか。じゃぁ俺はこれで失礼します》 「いや、待って。その・・・急いで人手が欲しいらしいんだが・・・」 《はい》 「・・・・・キミも一緒に来てくれないか?」 その言葉に、レイは少し驚いたような表情を向けた。 言った私自身も、実は内心驚いていた。 以前にもLSでの活動で戦力不足のためヘルプを要請したことは何度かあったが、いずれも兵隊としての動きに慣れている者たちばかりだった。 おそらくレイは団体での行動には不慣れだろうし、凶悪なHNMと言われるモンスターと戦った経験などないだろう。 そんな彼をいきなり実戦に投入するのは危険だという事は分かっているのに、このまま別れたくない一心でつい連れて行こうとしてしまった。 やはりこれは失言だった思い直して慌てて取り消そうとすると、レイがサラサラとペンを走らせこちらに手帳を見せてきた。 《分かりました。俺で力になれるのならお手伝いします》 「え、でも・・・」 《急ぐんですよね?オーダーを止めてきます》 呆気に取られる私を置いて、レイはすぐに席を立ちカウンターの店員に用件を書いた手帳を見せる。 それを確認した店員が少し困ったような表情を見せると、レイは皮袋の中から貨幣を取り出し数え始めた。 「待った!支払いは私がする」 思わず大きめの声を上げて立ち上がったので周囲の視線が一斉に私に注がれたが、構わず大股でカウンターに歩み寄りレイと店員の間に割って入る。 「悪いが急用が入ったんだ、釣りは要らない」 少し多すぎるくらいの金貨を店員に握らせ、レイの手を引いて足早に店を後にする。 色々と予定外の展開に少々頭が混乱気味だが、まずは急いでベヒーモスの縄張りまで向かわなくてはならない。 左手でレイの手首を握ったまま、駆け足で長い階段を駆け下りクフィム島方面へと足を向ける。 しかし、何故レイはこんなにもあっさりと引き受けてくれたのだろう? もしかしたらこの件を手伝うことで、先日の借りを返すつもりなんだろうか。 だとしたらこれを最後に、私との関係を清算したいと思っているのだろうか・・・? ふとそんな考えが頭をよぎり、急に不安になってレイの方を振り返ると、彼もまた困惑したような表情で私を見ていた。 「あ・・・すまない、何も詳しい説明をしていなかった」 そう言って立ち止まった私にレイは浅く何度も頷いてから、とりあえず先を急ぐようにと身振り手振りで示してくる。 確かに足を止めてゆっくりと説明しているほどの時間もないので、レイには申し訳ないと思いながら再び移動を開始する。 「じゃあ、歩きながら話すので聞いてくれ」 今度はきちんとレイの手を取り直し、離れてしまわないよう少し強めに握り締めながら肌寒いクフィム島を早足で進んで行った。 |