◆ 赤の軌跡 ◆ Vol.3-1 |
初めて同性を抱いた―――。 それは私の中で驚くべき出来事だった。 なぜレイを、彼を欲しいと思ってしまったのか。 あの時の自分の感情を何度遡って考えてみても、これだという答えに辿りつけない。 自分とは全く違う彼の生き方に惹かれたのか、それともただの庇護欲か。 それなら何故あんな強引なやり方で彼を手に入れようとしてしまったのか・・・。 『酔った勢い』 『魔が差した』 結果こんな低俗な理由にしか至らなくて、情けなさに気が重くなる。 もう一度レイに会ってこの気持ちを確認したかったが、どこのLSにも所属していない彼の足取りを掴むのは難しい。 これがもし一般的な冒険者なら、名前さえ分かっていれば個人通信で直接連絡をつけることも可能なのだが、言葉を発することの出来ない彼からの応答は期待できない。 そして何より、なんと言って声をかけたらいいのか自分自身の気持ちの整理さえついていない状態だった。 しかし個人通信で会話が出来ないという事は、冒険者としての活動の幅に大きく影響するだろう。 こうして改めてレイの不自由な環境を想像すると、更に彼への申し訳なさでいっぱいになった。 レイは好き好んで一人で行動しているわけではないのだ。今まで色々な苦労もしてきたに違いない。 そんな孤独も考えず、彼の自由なスタイルに安易な憧れを抱いていた自分が恥ずかしくなった。 会って、彼に謝りたい。 謝って何が変わるわけでもないだろうが、このまま彼の中で不快な記憶として終わりたくはなかった。 「おいエドモンド、ランプ押したか?」 急にパーティー用の通信機から呼びかけられ、はっとなって目の前のスイッチを慌てて押す。 「あぁ、いま押した」 「じゃあ次」 「OK」 今日はナイズル島踏査のために、LSメンバーを幾つかのグループに分けて突入していた。 ここの踏査には厳しい制限時間が設けられているので、各自が素早く判断して行動しなくてはならない。 それなのに私はというと、なにかと物思いにふけってボンヤリとしてしまうことが多かった。 数日間のリフレッシュ休暇を取った後だというのに、これでは周りに示しが付かない。 『どうした、調子が悪いのか?』 『いや、大丈夫だ、ちょっと考え事をしていた』 『今日のメンバーには不慣れなヤツもいるんだから、しっかりしてくれよ』 『あぁ、すまない』 同期のグレゴールから、軽く忠告のtellが入る。 現在自分が所属しているLSは、このグレゴールと自分を含む6人が創立メンバーだった。 そのうちの一人がシェルリーダーとなり、残りの5人はいわゆる幹部と言われる位置にある。 ハイレベルな戦闘を目的として作られたこのLSは、加入メンバーを増やしてあっという間に大所帯となり、HNMLSに並ぶ規模を持ちつつ、それに限らず広範囲の活動を行っていた。 それゆえ毎日様々な予定が組まれ、忙しくも充実したスケジュールを送っている。 こうした活動で手に入れられる貴重な装備群は、一般の冒険者から羨望の眼差しを向けられるため、このLSに入隊を希望する者も後を絶たない。 しかし安直な物欲で入隊した者達は、希望の装備品を手に入れられるまでの順番待ちを『長期間の無料奉仕』として不平を述べる者も多い。 こういった輩は自分の分を入手したらアレコレ理由をつけて活動を休みがちになるので、LS内での規律を徹底させる為にも上に立つ者が模範とならなくてはならない。 それなのに自分がこんなにボンヤリしていたのでは、苦言を述べられても致し方ない。 『この後は縄張りで張り込み予定だが、具合悪いなら休んでいいぞ』 『いや、問題ない』 『ふむ・・・ならいいんだが』 余計な心配をかけたことを詫びながら、気を引き締めなおしてナイズル島の踏査を再開する。 パーティーは順調に階層を進み、特にこれといった事故もなく80層目のボスモンスターを撃破した。 戦利品の配分を済ませて伝送の幻灯で脱出すると、口々に労いの挨拶を交わしながらメンバーが散っていく。 無事に任務が完了したことにホッと胸を撫で下ろしていると、私のすぐ横にいたグレゴールが話しかけてきた。 「この後のベヒなんだが・・・」 「分かってる、一旦自国へ戻ってOPで向かうよ」 「いや、お前今日は休んでいいよ」 「大丈夫だ、心配ない」 「休みボケなのかは知らないが、そんな集中力のない状態じゃ釣り勝てないだろ」 「・・・・・」 「今日はノーマルの予定だし、数人いれば十分だからな。その分しっかり休んで明日にはシャッキリしろよ」 「そうか・・・じゃぁ、すまないが、お言葉に甘えさせてもらう」 遠まわしに足手まといだと言われたんだろう。 確かに今の精神状態では、ピリピリとしたライバルとの競い合いに勝てるとは思えない。 グレゴールとは長い付き合いなので、ここは大人しく彼の言うことに従うことにした。 「しかしお前にしては珍しいな。休み中、何かあったのか?」 「いや・・・・うん・・・」 「なんだよ、どっちだよ」 今まで何か相談があれば真っ先に彼に話をしていたのだが、内容が内容だけに言葉に詰まる。 地面を見つめたまま押し黙る私の横で、グレゴールが大きく溜息を吐いた。 「言いたくないことなら無理には聞かないが、言って楽になる事もあるんじゃないか?」 「・・・あぁ」 心配してくれる友人の気持ちは有り難いのだが、これをどう説明したらいいものかと逡巡する。 しかし続く言葉を促すような視線に耐えかねて、私はゆっくりと言葉を捜しながら口を開いた。 「その・・・」 「うん?」 「・・・・・・男を抱きたいと思ったことって、あるか?」 「はぁ?」 その言葉に、グレゴールは心底驚いたような顔を見せた。 「なに、お前、そっちの趣味に目覚めたのか?」 「いや、だから、例えばの話だ」 予想通りの反応に私は慌てて取り繕い、罰の悪さに再び視線を地面に落とした。 するとグレゴールは「ふむ」と小さく声を漏らし、しばらく考えてから語り始めた。 「まぁ、俺は今のとこ男相手にその気になったことは無いが・・・いいんじゃないか?お互い同意の上でなら」 「ん、あぁ・・・そうだな」 『お互い同意』という言葉が胸にチクリと突き刺さる。 あの夜の出来事は、間違いなく私の一方的な行為だった。 しかし、もし言い訳をさせてもらえるのなら、あの時レイは全力で私を拒みはしなかった。 それが私を受け入れてくれた事とイコールになるわけではないだろうが、そう期待したい気持ちもある。 やはりもう一度レイに会いたい・・・会って確認してみたい。 そう願ったところで、次いつ彼と再会できるとも分からないのだ。 まるで焦がれるような気持ちを持て余しつつ、私は薄暗いナイズル島を後にした。 |