◆ 赤の軌跡 ◆ Vol.1-3


部屋に入るとまず彼をベッドに寝かせ、自分の鞄から木綿布を取り出し水を含ませてから彼の顔を優しく拭った。
こうして見るとまだあどけなさが残る少年のようだったが、ヒュームの顔形というものは我々エルヴァーンから見ると幼く見えるため、実際の年齢はわからない。 そういえば歳どころかまだ名前も知らなかったな。
色々と思いを巡らせながら墨を拭き取っていると、彼がうっすらと目を開いた。

「起こしてしまったかな、宿を取ったから今日はゆっくり休むといい」

まだ寝ぼけているのか、それとも墨のせいなのか、焦点の合わない瞳でゆっくりとこちらに顔を向けてくる。

「フロントで目薬をもらってこよう、後はこれで自分で」

私は彼の手に濡らした木綿布を握らせ、フロントへ行くため部屋を後にした。



「良いワインが入ってるんだけど、ついでにどうだい?」
宿の主人に勧められ、目薬と一緒にワインを1本もらい、再び部屋へ戻った。
扉の開く音に彼がこちらを向いて立ち上がったが、手のひらでそれを制して歩み寄る。

「そのまま腰掛けて、いま目薬をさしてあげよう」

手にしたワインをテーブルに置き、座らせた彼の顎を掴んで上を向かせる。
緊張した表情で固まっている姿が可愛らしくて、私は喉の奥で笑いながら目薬をさした。

「よし、これでよく見えるようになったかな?」

瞼をパチパチさせながら頬を伝う滴を手で拭う彼に顔を近づけると、恥ずかしそうに何度も頷きながら俯いてしまった。
私は笑って彼の頭をポンポンと叩き、傍らにあった椅子を引き寄せ腰掛けた。

「狭い部屋で申し訳ないが、今日はここしか空いていなかったんだ。あのまま岐路に着くのも辛いだろうから、今晩はここで休んで疲れを癒すといい」

その言葉に反応を示したそうにソワソワし始めた彼は、テーブルの上にあった紙とペンを見つけて何やら書きはじめた。
黙ってその様子を眺めていると、彼は手元に落としていた視線を上げ、こちらに紙を見せてくる。

《何から何まですみません、なんとお礼を言っていいのやら・・・》

そう書かれた紙を突き出され、私はつい声を上げて笑ってしまった。
途端に彼は不安そうな視線を向けてくる。

「いや、違うんだ、すまんすまん。そういう言葉を文字で表現されることに慣れていなくて、なんだか可笑しくなってしまったんだ」

まだ笑いの治まらない声で弁解すると、彼は少し不満そうな表情を見せる。

「あぁ、悪かった、別にバカにしているわけじゃないんだ。私の名前はエドモンド、キミの名は?」

彼は再びペンを走らせ、短く文字をつづると私に見せる。

《Ray》
「レイか、歳は?」
《25》
「驚いたな、私と2つしか違わないのか」

私の素直な感想に、レイは少し視線をきつくする。

「はは、そう怒るな、もっと若いかと思ってたんだ」

言って彼の頭に手をやろうとしたが、すぐ思いとどまって動きを止める。こうした私の対応が子供扱いになるのだろう。
しかし実際、私の目から見るレイはどうみても二十歳そこそこで、下手したら十代ではないかとさえ思えるのだ。

《エドモンドさんは、こんな所まで何しに来たのですか?》
「エドで構わないよ。んー・・・別にこれといって用は無かったんだが、まぁ暇をもてあまして釣りに来ただけだ」
《なぜ俺にここまでよくしてくれるんです?》
「何故だろうね。たまたま見かけて放っておけなかった、というのが正直なところかな」

しばらく筆談を交えた会話を交わし、お互いの空気が和んだところでシャワーを浴びることにした。


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