◆ 赤の軌跡 ◆ Vol.1-2


ズシャリと水っぽい音を含ませながら、Charybdisが地に落ちる。

あれからどのくらい走り続けたのだろうか、私も彼もすっかり疲弊しきっていた。
期待通り目の前に転がった細身の青い剣を前にして、彼は戸惑ったような顔を私に向ける。

「心配無用、私はもうその剣を所持している。気兼ねなく納めてくれ」

そう言うと彼は安心したような、申し訳なさそうな、なんとも微妙な表情でその剣を手に取った。

「おめでとう」

その言葉に再び視線を上げた彼の顔は、拭いきれていない墨のせいで全体的に黒ずんで見える。
なんだか可笑しくなって吹き出したら、怪訝な顔をされてしまった。

「いや、すまない、その様子じゃまだ視界が悪いままだろう。とりあえずノーグへ戻って治療しようか」

あいにく私も彼も治療の術を持ち合わせていなかったし、何より体力の限界だ。まずは町へ戻って一休みしたかった。
返事を待たずに歩き始めると、すぐに背後から派手に転倒する音が聞こえた。

「おい、だいじょぶか?」

驚いて駆け寄ると、彼は困ったような笑顔で立ち上がる。しかしその膝はガクガクと震え、今にも崩れ落ちそうだった。
無理もない、彼は私がここへくる以前から走り続けていたのだ。
長時間気力だけで持ちこたえてきた体力も、一旦その緊張の糸が切れれば足腰も立たなくなるはずだ。

「どうせその目じゃ薄暗い道も歩きにくいだろう」

私は彼に背を向けてしゃがみ込み、こちらへ身を預けるよう促した。
そうしてしばらく待っていたが、一向に負ぶさってくる気配がない。
振り向くと彼は口をパクパクさせながら、身振り手振りで何かを伝えようとしている。
そこでやっと私は合点した。彼は無口なのではなく、口が利けないのだ。
急に不憫になって私はその手を優しく導くと、戸惑う彼を無視して背負い上げる。

「気がつかなくて申し訳ない、とりあえず私の言葉は聞こえているんだな?」

肩口で彼が大きく頷いたのを確認し、私はノーグへ向けて歩き始めた。
しばらく彼は居心地悪そうに私の背中でモゾモゾとしていたが、いつのまにか大人しくなった。
どうやら寝入ってしまったようだ。背中から静かな寝息が聞こえる。
起こしてしまうのも忍びないので、ノーグの小さな宿で部屋をとることにした。



町外れに一軒だけあるこの宿は、利用者が少ないせいか部屋数も少ない。
団体向けでもないのでツインとシングルがそれぞれ二部屋ほどの小さな宿だが、基本的に開店休業状態なので急に出向いても大抵は空いている。 しかし、今日は運が悪かった。
ミッションで訪れたらしい冒険者達が宿泊していて、いま空いているのはシングル一部屋しか無いというのだ。
他に休める場所も無いので、私はシングルに二人で宿泊したい旨を伝え、許可を得て部屋を借りた。


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